記憶を消せる女の子の話
プレミアムフライデーなのでスレ立てしてみました。よければ付き合ってください。
記憶を消す能力がある、といえば誰もがそれを持つ私を羨ましがるに違いない。
現に花の女子高生の私はこの能力を最大限に有効活用している。いや友好活用と言った方が良いかもしれない。
悪用することなくただただ平和的に使っているのだ。
具体的に何に使っているかと言うと、遅刻したときに先生とクラスのみんなの私に関する記憶、つまり「遅刻した私を見た記憶」を消して遅刻をなかったことにすることとか。
他にもいろいろあるんだけど、どれにも共通しているのは「平和的で誰も傷つけない」という部分だ。
一般的に遅刻はいけないものだけど、誰も迷惑していない。
だからこれは平和的な利用法なのだ。私は間違っていない。
そんなことより、もっと平和的な利用法がある、なぜ人が持つ嫌な記憶を消してやらないんだ? 消せば人を悲しみから救えるだろう? と誰かは言うかもしれない。
しかし、神は万能ではない。私の記憶を消せる能力は「他人が持つ私に関する記憶」しか消せないのだ。
私が関係していない記憶は消せない。むしろ消せるのは他人の記憶にある私が及ぼした影響と私の存在だけ。
今でこそ、私は他人の記憶を思い描く通りに範囲選択して切り取りできるのだが、昔はひどかった。
小学生のとき、私は友達の女の子と喧嘩をした。配慮の無い言葉を怒りのまま浴びせてしまったのである。
その夜、私は後悔して泣いた。あの言葉を忘れて欲しいと願った。
翌日学校に行くと、その友達は私のことを綺麗さっぱり忘れていた。喧嘩したからってその対応は酷すぎるよ、と思って私はその子に感情をありのまま載せた言葉をかけた。
泣いていたかもしれない。子供だから理解の追いつかないことには、なんで? と言わないと気が収まらなかったのだろう。
もちろん、その子は本当に私のことを忘れているので議論は平行線だった。
どんどん大きくなる声に野次馬が集まってくる。私とその女の子が口論している理由を理解した彼らは
「は? 忘れてるってなんだよ。みんなこいつのこと覚えてるよ。お前頭おかしいんじゃねーの」
「喧嘩したからってそれはひどいだろ」「馬鹿は本当に頭おかしかったんだなー」
と口々に言い始める。
その言葉を聞いて私はようやく、先のことを考えられるくらい冷静になった。この騒ぎのあと、この子はどうなるのだろう。
皆の集中砲火を浴びて果てにはいじめられてしまうかもしれない。この子は算数の出来が一番悪く、クラスのみんなからからかわれていた。
私との口論が、この子をいじめるきっかけづくりになってしまう。それは絶対嫌だった。
この子は、本当は良い子なのだ。
目立たないけどちゃんと自分の考えを持っていて、ダメなことはダメだと言える。
けれどまっすぐすぎて何のけない言葉を重く捉えて傷ついてしまう、真面目な女の子なのだ。
その子は泣き始める。みんなひどいよ、私は悪くないよ。嗚咽に交じってか細い声が聞こえてくる。
その光景を見て、私は強く思った。
みんな私のことを忘れてしまえばいい。そうすればこの子はいじめられない。
指と指を絡み合わせて、私は願った。
やりすぎた。という思いが真っ先に私を覆った。
あの子は「あれ、なんで私泣いてるの?」と言う。
そしてその言葉を契機として野次馬の男子たちも
「なんで俺ここに居るんだ」「さっきまで俺はなにをしてたっけ」「どうしてこいつ、泣いている?」
と、まるで夢でも見ていたかのように言い出した。
困惑はざわめきになって教室に広がる。
野次馬の男子たちは、なにが起きたかを知るためにクラスの人たちに声を掛けた。
誰も彼もが知らないと答える。ついに野次馬は私を見る。目が合った瞬間、彼は見てはいけないものを見た、という風に青ざめた顔をした。
「お前……誰だよ」
私は泣いていた。走っていた。どこへ向かうあてもなかったけれど、どこか遠くへ行きたと思った。教室を抜け出す。学校を抜け出す。
意味が解らなかった。何が起きたか理解できなかった。でもそれは私の願望だった。
私は心の底では「自分がクラスの人の記憶を消したこと」と「クラスの人はもう私のことを覚えていないこと」を分かっていた。
俺は記憶を偽り、偽りの記憶を自分自身に信じ込ませる奴なら見たことある。ファルスメモリーシンドロームの使い手だった
私は走るのをやめて、ゆっくりと歩き始める。すると、涙も徐々におさまってきた。
なにも考えず走っていたが、なんだか見覚えのある場所についていたようだ。河川公園。懐かしい。
でも、この懐かしいという思いがなぜこみ上げてくるか来るかは分からない。
私はここで何をしたんだっけ?
ふらふらと川に向かって歩いていく。転んだ。泣きたくなった。
立ち上がる気力もなくて、私は体操座りをした。悲しいとき、私は体操座りをする傾向にあるらしい。
溢れた涙が青空をぼやかす。両手で涙を拭うと、空で太陽が虹色の輪を纏っていた。綺麗だった。また涙が頬を流れた。
どうして私はこう、どうしようもなく嫌なときに限ってどうしようもなく美しい景色ばかりを目にするんだろう。
それからの私の人生は想像に難くない。
クラスの全員にきれいさっぱり忘れられた私は「いないもの」として扱われるようになった。
当然だ。むしろ、みんなに気を遣われて、優しく迎え入れられるよりか落ち着いた。
もし、みんながそうしてくれたら、私は「そんな優しい人たちの記憶から消えてしまった」ことを悲しんで、また泣いてしまうだろうから。
あの子はいじめられることなく平穏に学校生活を送っているようだった。
友達に囲まれていて、私と居たときよりか楽しそうだ。それだけが、私の救いになった。
私のことを覚えているのは担任の先生だけだった。
クラスの全員が私のことを忘れている事態に困惑しながらも、せめて私の話相手になろうとしてくれた。
気を遣って話しかけてくれる先生は優しい。
だから私は先生の記憶の中の私を消した。こういうのって、いたたまれなくなる。
小学生のときの私は、このように記憶を消す範囲をコントロールすることができなかった。
しかし、時間が経つにつれて記憶を消すことにこなれていった。中学生くらいから、私は他人の記憶に存在する私をどこまで残しておいて、どこから消すかを思い通りに選択できるようになったのだ。
ある一点の私に関する記憶は残して、他の私に関する記憶は消すという事も出来る。
現在、私がよくしている遅刻のもみ消しはまさにそれだ。
小学生時代は「いないもの」だったが、記憶を消す技術が上達して中学生時代では「名前だけの存在」に昇格した。
中学生になるのだから、一からやり直すのも悪くない。
普通に友達をつくって、普通に学校行事に参加して、普通に恋をしてみたい。と思ったが、それはやめた。
私に友達をつくる資格はないし、友達と一緒に笑顔で行事に参加するのも似合わないし、ましてや恋なんて手が届かない。
なにかに積極的になろうとするたびに、小学生の時のトラウマを思い出して足踏みしてしまう。
仲良くなっても、いつか忘れられてしまうかもしれない。
だから結局、中学時代は「名前だけの存在」になった。入学式後の自己紹介の記憶だけをクラスの皆に残した。
入学式当日、クラス発表の掲示板が込み合っているせいで自分は何組なのか見ることができず、どうしようかどうしようかと慌てている私に
「クラス、見てきてやろうか? 名前だけ教えてくれれば見てくるぞ」
と優しく声を掛けてくれた男子も、やっとのことで自分の教室に辿り着いたときに話しかけてくれた隣の席の女の子も、私と関わったその出来事を覚えていない。
仲良くなりたいと思う、優しそうな人との関わりもすべて消した。
寂しさより怖さが勝った。大切なものができると、それを失ったとき、大切さの度合い分悲しくなるのは、皆も知っている通り。
失ったとしても、とても楽しかったのなら良かったんじゃない? というのは強い人の言葉だ。
そもそも私は楽しさより、寂しさと悲しさと仲良しなのだ。楽しさとか嬉しさの価値をよく知らない。知っても、どうせ悲しくなるだけだ。
かくして、中学の人たちが持っている私に関する記憶は均一化された。
それでも、「いないもの」だった小学生のときより遥かに気が楽だった。
あのとき、名前すら忘れ去られていた私は修学旅行の班決めで余っているにも関わらずに名前が挙がらなかった。
ぼっちの人でも、嫌われている人でも名前が挙がるというのに。
そういう事故も多くあった。私は存在が空気のくせに、面倒事には存在感を醸し出し始める悪影響を及ぼす空気だった。
せめて、そういう面倒ごとを起こさない良い空気になってやろうとして、自己紹介の記憶だけを残しておいた。
だから、小学生の時のようなことがないので「名前だけの存在」であっても、気が楽なのだ。
そうして、学校では誰とも話さない日が何年も続いた。
家に行っても浮かない顔をしている母親と無表情に会話をするだけだった。友達がいない娘と話して、楽しそうな方がおかしいのだ。母には悪いことをしたなと思う。父は単身赴任をしているらしく、会った覚えはない。
それでも、私は父をいい人だと確信している。なにもない私が持っている、唯一の自信だ。
友達がいない人間は何をして過ごすか。おおよそ、本と音楽と友達になるしかないだろう。今では彼らと親友くらいにはなれたかな?
それともう一つ、私は青空を見上げるのを趣味にした。
小学生の時、泣いて見上げた空に浮かんでいた太陽を囲う虹色の輪――ハロ現象というらしい。
それをもう一目見たいと思ったのだ。
私は恋するようにあの現象に惹かれていた。
もう一度見たい、その思いだけが私が生きる理由。今も、それは変わっていない。時間が有り余っているのは悲しいことだが、ハロ現象に恋をしている私にとっては嬉しいことだった。
恋をしたことはないけれど、たぶんこういうことだと思ってる。
いつも疲れた表情を浮かべている母親と一緒にいるのも億劫だったから、私はたいていの時間を図書館とあの河川敷で過ごした。
青空を見ながら聴くバラードは本当に落ち着く。私は行きの電車で聴きたくなる曲より、帰りの電車で聴きたくなる曲が好きだった。
死んじゃってもいいんじゃないかな、という思いは相当な頻度でやってきた。
人生の一番難しいところは、なにがあっても簡単には死ねないこと、だと思うが、私は簡単に死ねる。
私に関する記憶を全て消しさえすれば、誰も私の死に心を痛めない。
人が死ぬのを躊躇している理由は、様々な思い出に自分をがんじがらめに縛り付けられているからだ。
自分の生に価値があると思えてしまうほどの思い出がその人にはあって、もし死んだら悲しむ人もいる。
ああ、羨ましいな、と思う。
私にもそんな人がいてくれたらいいのにな。
ひょっとして父は、もし私が死んだら悲しんでくれるのかな?
そんな淡い期待を抱いて、今も私は生きている。でも母は、友達がいないかわいそうな娘、から解放されて元気になるのかもしれない。
そう思うと複雑だった。
惰性で生きていて、ずっと決まりきったことをしていると頭はおかしくなってしまう。
私もその例に漏れず、高校一年生のときにがたが来てしまった。
どうせ後で記憶を消せば問題ないだろう、ということで、私は学校生活でやってみたかったことをやり始めた。
授業中に先生へ質問してみるとか、授業中に思いっきり寝てみるとか、そんなことを。真面目な私は立派にぐれたのである。
でも、それは今思うと平和的で誰も傷つけない友好的な記憶の消し方だ。
悪用してはいないんだけど、自分悪いことしてるんだぜ感が起伏のない日常を刺激したことには違いない。
少なくとも生きている心地がした。
そんなことをしているうちに、私の真面目な生徒の部分は色を落としていった。
結果的に、誰にも迷惑かけなければ、それは平和的で友好的なんだ、と素で思うようになった。その考えは遅刻のもみ消しを自分に許す理屈になった。
その理屈で現在、私は授業中なのに屋上にいる。
青空に近いこの場所は、ハロ現象を観測するにうってつけだ。しかも誰も来ない。これほどまでに私を落ち着かせる場所もなかなかない。
この場所を発見して約一年経った。
給水塔あたりに腰を掛けてお昼ご飯をもぐもぐ食べていると、屋上の扉がぎぎぎと開く。私以外にここを来るのは用務員の先生くらいだ。
用務員さんに見つかったら、また記憶を消さなければならない。
せめて隠れようと、焼きそばパンを持ち給水塔の裏に移動した。
ばたんと扉が閉まる。用務員の先生ならば見回ってすぐ帰るはずだ。足音が近づく。なんだか怖くて耳をふさいだ。二分心のなかで数えたところで、耳から両手を離す。
まだ音がしていた。でも見回る際の足音ではない。かちゃかちゃと箸を扱う音だった。
予想してない展開で心臓の鼓動が早まった。用務員の先生じゃない?
私はおそるおそる音の鳴る方を覗いてみた
男子が一人でご飯を食べていた。
ぼっち飯かな? まぁ私もぼっち飯だけど四年間くらい。なんだか親近感が湧いたので、じっと彼を観察してみる
色白で、なんかやる気のない人だ。眉より伸びた前髪が一層やる気のなさを表している。
それでも端正な顔立ちで、女子の間で人気爆発、とはならないけれど、かっこいい部類には入るだろう。
そのやる気のなさに私はすっかり安心してしまい、話しかけることにした。
話し終わった後で記憶は消せば大丈夫だ。どんな話しかけ方をしてもいいと思うと、気が楽だった。
「やーいやーい、君はぼっち飯なの?」
挑戦的な言葉をかけてしまった。私のキャラでは絶対にない。ただ人と会話をしてなさすぎてテンションがおかしくなっているだけだ。
この少年の第一印象からして、こういう話しかけ方は一番うっとうしがられるはず。ちょっと後悔。
「お前もぼっち飯だろうが。その食いかけの焼きそばパン、食い方汚過ぎて食欲失せるから早く食ってくれ」
売り言葉に買い言葉というやつだ。男子は私を見上げるようにして、デリカシーの欠片もない言葉をかけた。
急いで焼きそばパンをほおばる。私はむかっと来ていた。
どんなひどい言葉をかけてやろうか。何を言ってもいいのだ。
私は記憶を消せるから無敵なのである。こんな無礼な男に情けは必要ない。
焼きそばパンをごくりと飲み込み、満を持して言葉をかけた。
「私は女子だよ!」自分でも驚いた。
男子は無気力にけらけらと笑い、箸の先を私に向ける。
「女子ならせめて口の周りについてる青のりとソースをなんとかしろ」
言ってやったぜみたいな顔をされた。こいつ、思ったより嫌な奴だ。ポケットからティッシュを取り出して口を拭く。
「どう!?」
私は喋り方というのを忘れているらしい。
「まぁぎりぎり女子だな」
ため息交じりに男子は言った。
「ぐぬぬ……」
私は本当に喋る機能が退化してしまったらしい。siriのほうがまともなコミュニケーションをとれると思う。
それでも、なんかこの男を見てると悔しくなって、言葉を発さずにはいられない。
「名前は!」
頼むから一文節以上の言葉を紡いで私の脳。
「なんで単語だけで会話になると思ってんのかな……俺はイシハラだ」
やる気なさそうに彼は、イシハラくんは答えた。
「ふーん」
私は腕を組んで頷く。
「何に納得したのかわからんが」
「やっぱり地味な苗字だなーって」
「俺が地味だとでも言いたいの? つーか、お前の名前は……まぁ別にいいや」
イシハラくんは後ろ髪を掻いて、やるきなさそうに食べ終わった弁当を片付け始めた。
「私の名前には興味ないってことね? 自分の名前だけ言いたがるんだ」
「お前が聞いてきたから答えただけだろうが……」
「ぐ……」
その通りだった。ちょっと会話成立してるかな、と思った自分が恥ずかしい。
「じゃあお前の名前、当ててやろうか?」
「興味深いわね」
会話が成立した。
「アカリ、だろ」
「なんで知ってるの……? まさか苗字は知らないでしょ」
「名前知ってて苗字知らないとかなかなかないぞ。センケだろ?」
「……正解」
イシハラくんの記憶に、私は居たんだ。なんで覚えてくれているかはわからないけれど、嬉しかった。
こんなこと、何年間も味わっていなかったから。
気を抜くと泣いちゃいそうになるくらい、嬉しかった。
こころがざわざわしてきた
おもしろい!
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